北炭赤間炭鉱選炭工場跡

 前回ご紹介した「777段日本一のズリ山階段」入り口わきに広大な広場があり、その中にポツンと一つコンクリートの構造物が存在します。ここが北炭赤間炭鉱の先端工場跡になります。

 広大な敷地にポツンと残るコンクリートの構造物が一つ。しかし創業時にはこの広場だけでなく登山道を挟んで反対側にも多くの構造物が並び採掘された原炭を選炭していました。

 ところで赤平観光協会の案内ページを見ると左側に小さな木が写っていますが、現在はこんなに大きくなりました。観光協会の写真はいつ頃の写真なのかは分かりませんが、この写真を撮影してからでも長い時間が経過しているのですね。

 コンクリートは少し朽ちていますが、この斜路の上にベルトコンベアが設置されポケット(この箱)の中に原炭が運び上げられていました。そしてこのポケットに貯蔵されている原炭は下から取り出す寸法です。

 こうして改めて見てみるととても大きな構造物です。当時は手前側広場に貨車への積み込み用ポケットも存在した様です。なおコンクリートがもろくなって危険ですので柵の中には入らない様にしてください。

 全体の雰囲気を撮ろうとすると斜めからですが、この正面からのアングルもベルトコンベアの斜路が迫力があって格好良いものです。

 反対側にまわってみます。下にある開口部の奥が貯蔵している原炭の取り出し口になります。

 周辺は広場になっており原炭ポケット周りを見て回れますので色々写真を撮影してみてください。折角ここまで来たのです、777階段入り口の脇で2~3枚写真を撮って御終いでは勿体ない話です。

 広場からは南側に建つ住友石炭の立坑も見ることが出来ます。現在は赤平、炭鉱遺構ということで一緒にされてしまいがちですが、今回ご紹介した場所は北炭の炭鉱遺構で創業当時は強力なライバル会社同士だった会社です。こちら赤間炭鉱は昭和48年で閉山しましたが、住友石炭は平成6年まで操業を続けていました。

 根室本線赤平駅を出発してすぐの車窓です。かつて炭鉱には石炭輸送の為鉄道が敷設されていましたが、多くのそれら鉄道は閉山と共に姿を消してしまいました。その為羽幌や美唄などは炭鉱遺構を見る為に市街地から10数km車で走らなければなりません。

 しかししかしここ赤平は現在も炭鉱遺構の横を鉄道が走っている奇跡的な街の一つです。

 右上に見えるレンガ色の建物が赤平駅です。駅から歩いていくことが出来る距離に遺構が残っていますので、今回ご紹介した選炭ポケットの他、横にあるズリ山、そして少し離れた住友石炭立坑、赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設は駅近で炭鉱遺構を楽しむことが出来る貴重なスポットです。

■ 関連リンク

・ 北炭赤間炭鉱選炭工場跡(赤平観光協会)

あわせて読みたい