アプトの道と明治時代のトンネル

 横川はかつてJR(国鉄)で最も勾配がきつい碓氷峠を超える鉄路が存在したため、信越本線の横川ー軽井沢間が北陸新幹線にその地位を譲り廃線になった今も当時の鉄道遺構が数多く残ります。今回は遊歩道「アプトの道」にあるトンネルにスポットを当てて紹介していきたいと思います。

 今回はアプトの道のトンネルの話なのですが、その前に横軽の話を少しさせてください。現在この遊歩道は横川駅付近から、軽井沢との中間地点である熊ノ平信号所跡まで6.2km続いています。終点の熊ノ平信号所跡は勿論、途中の丸山変電所跡や眼鏡橋など見どころも多いハイキングコースです。

 横川駅から峠の湯までの区間は廃止直前の信越本線上り線を埋め立てた遊歩道を通り、峠の湯付近から旧線と呼ばれるアプト式時代の軌道跡を歩きます。左の線路がかつての下り線で現在は峠の湯までの観光列車が走っています。そして右側の遊歩道には線路の頭が二本見えていますが、ここがかつての上り線です。

 横川駅手前の第一閉塞と場内信号機間には保線区の敷地がありましたが、廃線間際にはJRのご厚意で多くのファンがここで撮影しました。私もその一人です。この看板は平たく言えば「ルールを守って貰えればここは敷地ですけれど入っても構いません」ということですからおおらかな時代です。

 当時の写真を引っ張り出してきました。EF63の重連、パンタを4つ上げた姿が格好いいです。写真で列車が走っている線路が現在埋め立てられ遊歩道になっており、手前側の線路がこの先の峠の湯までの観光鉄道として残っています。

 先程の写真と見比べてみると上り線こそ埋められていますが、雰囲気は20年以上経った今も変わっていません。先程の看板も廃線直前のまま、20数年時が止まってしまったような錯覚を受けます。

 それではそろそろ本題の旧線「アプトの道」にあるトンネルについて書いていこうと思います。このトンネルは熊ノ平信号所手前の10号トンネルですが、峠の湯からここまで大小10のトンネルがあります。明治時代のトンネルらしくトンネルポータルはレンガ造りです。

 4号トンネル内部で記念撮影をしてみました。トンネルの先に見える次のトンネルは3号トンネルです。連続する26のトンネルと急勾配で横川から軽井沢まで多くの列車が登っていったわけですが、熊ノ平までの遊歩道でそのうちの10のトンネルを実際この目で見ることが可能です。

 そしてトンネル内部の壁面はレンガが敷き詰められています。1893年の明治時代開通ですから歴史の重みが違います。現在のコンクリート造のトンネルとはまた趣が異なります。

 同時期に作られたはずの10のトンネルですが、トンネルによって内壁の雰囲気は異なり、違いを楽しむだけでも面白いものです。

 ところでこのトンネル上部にあるこのパーツが気になりました。普通に考えればトロリー線(架線)の台座ですが、この旧線は明治43年から電化工事が開始され、当時から第三条軌で電化されたはずなのでこの辺は謎です。

 沿道には鉄道関連では釜めしの「おぎのや」、碓氷峠鉄道文化むら、丸山変電所、めがね橋、熊ノ平信号場跡があり、鉄道関連以外でも碓氷湖、関所跡、峠の湯など多くのお楽しみスポットがあります。しかし折角ですからこの遊歩道を訪れたらトンネルも是非堪能してみてください。

■ 関連リンク

・ アプトの道ハイキングコース(安中市)

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