東塩尻信号場跡(2)

 前回に続き東塩尻信号場跡をご紹介します。前回はプラットフォーム周辺でしたが、今回は周辺の施設も見ていきたいと思います。

 横を走る本線から列車の走行音が聞こえるのに、いくら待っても列車は来ない不思議なプラットフォーム「東塩尻信号場跡」。

 鉄道施設が自然に還る姿を見ていると時間が経つのも忘れてしまいそうです。

 しかしお子様は既にもう飽きてしまっているようなので、後ろ髪を引かれる思いですが信号場全体の解説をしていきます。

 本線との接続部や貨物側線が二本あった説など細かいことは抜きに東塩尻信号場はおよそこのような形状をしていました。パート1と今回前半は①の部分で撮影した写真です。やはりプラットフォームがあり、線路も残っているのでここが一番映えます。

 実は本線からプラットフォーム側に伸びてくる線路は途中で一旦区切られ、車止めが設置されています。廃駅後しばらくは保線基地か何かで使われていたのでしょう。しかし現在は本線と完全に切り離されてしまいましたのでこの本線側の線路にも列車が来ることはもうありません(⑤)。

 その車止の更に本線側にはダルマ型転轍機が残っています。ここから左側へ貨物側線が伸びていたと思われます。右側を走る線が中央本線(通称:辰野線)ですが、既に途中で線路が区切られ繋がっていないのがわかります(2019年1月撮影)。

 次は②の引上線を見てみたいと思います。先程の地図上の③から④方向に走ってきた列車は①の駅に進入する為に一旦②に入りバックで①の駅へ入っていました。逆に④から③方向に向かう列車は①の駅を出発したら一旦②の線に入り③経向けて出発しました。こうした駅施設に進入する為に設けられた側線を引上線と呼びます。

 終端と思われる場所には「18」と書かれたポールが一つだけ残っていました。

 終端側から振り返ってみると右側に本線の第二閉塞信号機(④)が見えます。写真で見るとこの側線が坂に見えますが、この側線はほぼ水平で本線が坂になっています。線路は左側に一部が残っていますが、線路の大半は撤去されています。

 だるま転轍機の写真にも写っていた保線小屋は比較的綺麗なので当時物ではなさそうですが、このリレーボックスは当時物のようです。

 またここを訪れた人の多くは一緒に見学することの多いレンガ造りのトンネルも一緒に行ってみました。本線、南塩尻信号所跡をアンダーパスして反対側に出れますが、現在は関係者以外立入禁止になっているみたいです。

 これが鉄道施設と関連があるのかどうかはよく分かりませんが、周辺には工部省の「工」の字が彫られた杭が点在していますので関連があるのかもしれません。

 中壁もこの様にレンガで作られており、左側には水路がありました。

 一両分のホームしか無い東塩尻信号場、六両編成の列車が進入すれば五両はホーム無しの状態ですが、それでも地元の足として必要な「駅」でした。

 そして早くて便利な新線が開通、みどり湖駅が開業して昭和58年にこの信号場はその役割を終えますが、少しずつ自然へと還りながらも森の中で「駅」ならではの雰囲気を残していました。

あわせて読みたい