旧丸山変電所

 廃線から20年以上が経過する信越本線の碓氷峠ですが、現役時代1000分の67という国鉄最急勾配を電気機関車が登っていくには電力供給も重要でした。今回は粘着運転に移行する前、アプト式の旧線に電力を供給していた丸山変電所の建物を紹介します。

 この変電所はアプト式の旧線時代に碓氷峠の登坂用に設けられた変電所で、明治45年に建設され昭和38年まで稼働していました。現在変電所というとコンクリート造の箱型の建物が大半ですが、明治時代に造られたこの建物はレンガ造りの古い庁舎の様な重厚な佇まいです。

 一時は廃墟の様になっていたようですが、平成6年に国の重要文化財に指定されて平成14年に現在の様な美しい現役当時の姿に修復されました。

 丸山変電所と呼ばれる建物はこの様に信越本線沿いに二棟並んで建っています。一口に変電所と呼ばれていますが、この建物にはそれぞれ用途があり手前軽井沢方の建物が機械室で450kwの回転変流機2基と500kVAの変圧器2基が収められ、交流6600Vを直流650Vに変圧していました。そうです、アプト時代この区間は第三条軌で1500Vではなく650Vなのです。

 そして奥の横川方の建物は蓄電室と呼ばれ312個の蓄電池が設置され、列車が通らない時に充電し、列車の登坂時に放電して電力を補っていました。

 一見似た様な建物が建物が2つ並んでいますが、それぞれに違う目的があったのだということを頭に入れて見て頂くとまた違った見方ができるかもしれません。

 また一見同じ建物に見えますが、この2つの建物は外観にも色々違いがあります。簡単なところでは屋根上の明かり窓の有無、側面の窓の数とその上下の意匠などです。こちらは横川方の蓄電室ですが、蓄電池はガスを発生するので窓の上下にルーバーが設けられていたのかなと推測しています。

 そしてこちらは軽井沢方の機械室です。「違う」と言われてみてみると色々と差異が見つけられるかと思います。

 アプトの道を登ってきて丸山変電所が見えてくると1~2枚撮影して更に上を目指す方も多いですが、少し突っ込んで見てみるとまた違った面白さがあります。

 またこの丸山変電所は通常外観のみ見学可の施設ですが、秋に1週間ほど内部の公開もされています。詳しくは「全国近代化遺産活用連絡協議会」のホームページをご覧ください。

 ところでこの丸山変電所は先程も書きました通り昭和38年にその役割を終えてからしばらくは廃墟のような姿になっていましたが、平成6年に国の重要文化財に指定されて平成14年に現在の様な美しい現役当時の姿に修復されています。

 廃墟好きからすると「味が無くなった」というところですが、やはり廃墟ですとお客さんも来てくれないですし、現役時代は綺麗な建物だった訳ですからこれはこれで良いのだと思います。また「割れ窓理論」などもありますからきちっと維持管理しておくことが重要な建物を後世に伝えるのにも重要だと思います。

 しかし「時間の経過を感じさせる要素が欲しい」と考える人もいるかも知れません。そういう方は裏側に回るとこの様に手つかずで残されている部分もありますので是非裏側も忘れずに観察してみてください。壁には苔が生し、屋根には雑草が生えています。

 コンクリート造りの建物なので、途中建て増しされた部分だと思いますが、時の流れを感じさせるには十分な風格です。

 明治時代にはレンガを使用した建築物が多く存在します。特にこの碓氷峠はこの丸山変電所、旧線(アプトの道)のトンネルポータル、めがね橋と様々な構造物を見ることが出来ます。ぜひレンガの風合いも楽しんでみてください。

 午後の光に輝くレンガ造りの壁面。現代の建築物にはない厳かさがあります。

 横川駅からアプトの道を通って熊ノ平信号所後まで片道役1.5時間、往復で3時間かかりますのでどうしても見学は早足になってしまいますが、碓氷峠がまだアプト式だった頃には重要な施設でしたし、建物自体にも見応えがあります。是非時間に余裕を持って、ゆっくり見てみて欲しいポイントです。

■ 関連リンク

・ 旧丸山変電所(安中市)

・ 旧碓氷峠鉄道施設丸山変電所機械室および蓄電池室(全国近代化遺産活用連絡協議会)

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