東京調布飛行場 門柱

 東京の調布市にある調布飛行場ですが、昭和16年4月に竣工するも12月の開戦を契機に陸軍の軍用空港としての色を濃くしていきます。周辺には戦中の遺構である掩体壕などが現在でも多数点在しますが、この門柱は竣工当初の飛行場の門柱です。

 この門柱は通称「大沢グランド通り」と呼ばれている公道の大沢五丁目バス停付近に現存します。当時はここから奥が調布飛行場だったので、現在はかなり飛行場の規模が縮小されたことになります。

 付近にあった門柱に関する案内看板です。クリックで拡大して読むことが可能です。

 『「東京調布飛行場」と書かれた門柱』と書こうと思いましたが、よく見ると「東東調布飛行場」になっています。実は竣工当初は「東亰調布飛行場」と記載されていたのですが、進駐軍がいたずらで縦棒を追加して「東東調布飛行場」となってしまったという説があります。

 そういう見方をしてみると下側の「小」部分が上の文字と異なりますし、追加されたであろう縦棒部分の溝は粗い感じになっています。いかにも後から削り足した感じです。

 反対側の歩道にある門柱には文字がありませんでしたが、先程の案内板によるとここには「東部第百八部隊」と書かれていたのかもしれません。

 現在の調布飛行場の入口は先程の門柱跡から北西方向に500m進んだ場所にあります。現在は伊豆諸島方面への定期便が離着陸しており、ターミナル前にはバス、タクシーのアクセスもあります。

 伊豆諸島からの定期便が着陸しました。現在は伊豆諸島への定期便が離着陸する平和的な地方空港ですが、戦時中は軍用空港として、そして戦後昭和48年まではアメリカ軍によって進駐されていました。昭和29年から段階的に日本の権利が認められたり、一部返還が行われましたが、完全返還の昭和48年までには実に戦後28年もの歳月を要しました。

 伊豆諸島からの民間機を見ながら平和の有り難さを実感するマヤさんなのでした。

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