ドール写真には引き算的な要素の他に足し算的要素もあります

 写真と絵は似ているものですが考え方が異なりますので、よく「絵は足し算、写真は引き算」ということが言われます。絵は何も無い白い紙に「可愛い人を描こう、背景はきれいな富士山にしよう」と足していきますので足し算です。しかし写真はきれいな風景が目の前に現れた時「手前の民家やガードレールは除いて、富士山と夕日で画面を構成しよう」となりますので引き算です。

 それではドール写真はどうでしょうか、写真ですから引き算でしょうか?確かに背景になる風景をどう切り取るかでは他の写真ジャンルと同様引き算です。しかしドールという主役を画面内でどう演じさせるのか?とその画面の中に組み入れ一つの写真を作っていく過程はペンこそ使いませんが、絵を描くときの足し算にも似ています。ドール写真では他の写真ジャンル同様引き算的要素は勿論、絵を描くような足し算的思考も必要になってきます。ここが他の写真ジャンルと大きく異る点です。そして写真に自分らしさが出る面白さもあります。

 6月のある日、歩いていたら紫陽花の群生を見つけました。ただ撮ると奥には道路の橋桁が見えますし、紫陽花の群生にも枝や枯れ草が見えあまり綺麗な写真ではありません。

 そこで「写真は引き算」とばかりに大胆に引き算を行います。この株で言えば使っている花は一割に満たないかもしれませんが、満開の紫陽花を美しく見せる写真といえば先程の写真よりは遥かに良いと思います。

 しかし一シーズンに紫陽花を撮影する方はどれ位居るのでしょうか、またフリー素材などでもこの様な写真なら幾らでも入手できそうです。残念ですが、「自分だけの写真、自分にしか撮れない写真」とは言えなさそうです。

 そこでドール登場です。この娘にとってお迎え(ドールは購入することを「お迎え」と呼びます)して初めての紫陽花ですから、興味津々の目で見ています。そして恐る恐る触ろうとしています。

 しかし野生の花を触ったり、引きちぎったりはいけません、触らない様ドールに注意をしました。

 そしたらこちらを向き「まだ触ってはいない、私は悪くない」という顔をしていますw。

 こうしたドールとのストーリーこそがドール写真の面白さで有り、このドールとこの時間を共有したのは私だけなので私にしか撮れない写真だと思うのです。ドールが可愛らしく演じてくれることで、1枚の写真にストーリーも持たせてくれルノがお分かり頂けるかと思います。

  それではドールを画面に入れておけば、それで良いのでしょうか。もう一枚同じ場所で撮影した写真もご覧ください。こちらも紫陽花にドールを足し算していますが、「ドールが何をしている」が抜けているのであまり面白みが無いと思います。

 「うちのドール可愛いから見て!」と言うならこの写真でも良いと思いますが、ストーリーが見えてこないので面白みに欠けてしまうのです。画面に入った時点でドールは立派な役者さんなので、写真を撮る側としては色々と演じさせてあげる必要がありそうです。

 一枚の紫陽花の写真にどの様にドールをプラスしていくかによって出来上がってくる写真から受ける印象も千差万別となります。余計なものを省く写真ならではの「引き算」の他にドールをどの様に配置するかという「足し算」的な要素もあるドール写真、自分らしくドールを足し算して魅力的な作品を作る楽しみもありそうです。

あわせて読みたい