船舶位置自動表示装置(函館市青函連絡船記念館摩周丸)

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 今日は函館の若松町桟橋に係留されている連絡船摩周丸に展示されている「船舶位置自動表示装置」のお話です。石狩丸型に搭載されていたかどうかは記憶にありませんが、津軽丸型には全船搭載されていました。記憶では事務室(案内所)前の壁に掲げてあり、現在の船の位置が赤いLEDの点滅で表示されていました。

 また右にある地名のボタンを押すと青森、函館の有名な場所の位置を緑色のLEDが教えてくれました。特に下り便に乗った時はこれから北海道に行くワクワク感が、赤いLEDが少しずつ北海道に近付くにつれて増幅していったのを覚えています。

 35年ぶりに見るとスイッチ下の地名が手書きです。まだテプラがこの世に存在していなかった時代に作られたのではないかと推測できます。そしてLEDもまだ青や白は無かった時代です。この装置は連絡船に乗務していた通信士のアイデアで製作され、10分おきに赤LEDが一つずつ移動していくギミックだったようです。

 またこの表示装置の重要な部分である地図は第1159号海図をそのまま流用しています。現在はW1159という名称になっていますが、現在も改訂を加えられ販売されている海図です。

 余談ですが、この第1159号海図にも連絡船の重要性が当時いかに高かったかを示すエピソードが残されています。津軽海峡には昔から横長の第10号海図(現在はW10)が存在しました。しかし青函連絡船にとっては網羅している左右端部分は不要です。

 そこで当時の国鉄が縦長で青函航路のみに特化した海図を作るよう要望して出来たのが、第1159号海図です。その後青函航路は国鉄だけでなく民間商船も多く航行する様になりましたから、第1159号海図は生まれて良かった海図なのですが、海図を作らせてしまうほどの影響力のある航路だったという訳です。

 青函連絡船は既に走っていませんが、令和5年のフェリーに搭載されている似た様な設備はこちらです。大型モニターに地図が表示され、船の形のアイコンが船の移動に合わせて動いていきます。連絡船が終航してからでも35年以上が過ぎていますから時代の流れといったものを感じさせてくれます。

 また当時青函航路は左側通行で航行していました。北海道行きの下り船が青線、本州行の上り船が赤線の航路を通っていました。しかし海の世界では一般的には右側航行で、左側航行は珍しいケースです。厳しい気象状況の中での安全なコースということで、国鉄時代、もっと昔の鉄道省時代から長らくこの航路だったのかもしれません。

 しかし時代も変わり青函連絡船廃止後に、この左側航行は右側航行に改められられたと聞きます。現在青函航路を航行する商船は右側航行になっているそうです。


青函連絡船物語

海峡の鉄路 青函連絡船 110年の軌跡と記憶

青函連絡船 乗組員たちの証言 (イカロス・ムック)

鉄道連絡船細見

鉄道連絡船のいた20世紀
住所 〒040-0063 北海道函館市若松町12番地先
ホームページ 函館市青函連絡船記念館摩周丸
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